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高松地方裁判所丸亀支部 昭和38年(ワ)74号 判決 1966年6月28日

主文

被告は、

原告田代床三に対し別紙第二目録記載番号(1)の被告大倉工業株式会社株式五〇〇株を、

原告田代房子に対し同目録記載番号(2)の同社株式五〇〇株を、

原告石川真喜子に対し同目録記載番号(3)の同社株式五〇〇株を、

それぞれ引渡さねばならない。

原告小野源次の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告小野源次と被告との間に生じた分は同原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り原告田代床三、同田代房子、同石川真喜子において各自金三〇、〇〇〇円の担保を供すれば仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は、原告小野源次に対し別紙第一目録記載の被告大倉工業株式会社株式五、〇〇〇株を、原告田代床三に対し別紙第二目録記載番号(1)の同社株式五〇〇株を、原告田代房子に対し同目録記載番号(2)の同社株式五〇〇株を、原告石川真喜子に対し同目録記載番号(3)の同社株式五〇〇株をそれぞれ引渡せ。被告は原告小野源次に対し金一五六、五〇〇円及びこれに対する昭和三七年一〇月一〇日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

「(一) 被告会社は、昭和三七年九月一日新株(発行価額五〇円)を発行し、その新株の引受権は同年六月三〇日の株主名簿に記載のある株主に株式数に応じ同数の割合で割当てられ、同新株の申込期間は同年八月一〇日より同月二〇日までと定められた。

(二) 原告小野源次は、右割当期日に別紙第一目録記載「名義人氏名」欄掲記の仮名で被告会社株式五、〇〇〇株を、篠崎春彦名義(仮名)で同社株式五〇〇株を所有し、右新株申込期間中にこれが払込を了したが、被告会社は、右新株を発行しながら、これを原告に交付しないで、現に別紙第一目録記載の株式五、〇〇〇株を正権限がないのに占有し、篠崎春彦名義の新株五〇〇株は昭和三七年一〇月九日ほしいままに売却処分した。

(三) よつて、原告小野源次は被告会社に対し株主権に基き、右株式五、〇〇〇株の引渡を求めるとともに、篠崎春彦名義の新株五〇〇株の引渡不能による代償請求として金一五六、五〇〇円(右売却処分当日の終値一株につき金三一三円に基き算出した)及びこれに対する右引渡不能となつた日の翌日である昭和三七年一〇月一〇日から右支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四) 原告田代床三は、別紙第二目録記載番号(1)の株式五〇〇株を、田代房子は、同目録記載番号(2)の株式五〇〇株を、原告石川真喜子は、同目録記載番号(3)の株式五〇〇株をそれぞれ所有し、訴外小野正司方に一時保管して貰つていたところ、同訴外人は同年八月一四日原告等に無断で何等の処分権限がないのに被告会社に対し右株式合計一、五〇〇株を交付し、同社は正権限なく現にこれを占有しているので、右原告等は株主権に基き被告会社に対しそれぞれ右各株式の引渡を求める。

(五) よつて、本訴に及んだ。」

と述べ、被告の抗弁事実をすべて否認した。

立証(省略)

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として、「(一) 原告等主張の請求原因事実中、(一)の事実及び被告会社が別紙第一、第二目録記載の株式六、五〇〇株を現に占有していること、篠崎春彦名義の株式五〇〇株(原告主張の新株)を他に売却処分したことは認めるが、その余の事実はすべてこれを争う。

(二) (原告小野源次の請求について)

(1) 右原告主張の被告会社株式五、五〇〇株(旧株)は訴外小野正司の所有であり、同訴外人は、その増資新株引受権に基き自己の計算において株式の申込及び払込を了したものである。

(2) ところで、小野正司は、昭和三三年五月頃より昭和三七年八月一二日まで被告会社に雇われ、同社の経理事務を担当していたが、右在職中、同社所有の現金等を横領し、同日その横領金額が金三、二〇〇、〇〇〇円余であることが判明して解雇されるに至つた。他方、被告会社は右小野正司に対し被害弁償につき善処方を要望した結果、同人は被告会社に対し、同月一三、四日頃小野正司所有の被告会社株式一三、二〇〇株(名義人は、同人及び村田光慶等一四名、後掲別紙第二目録記載の株式を含む)及び増資新株引受に関する被告会社発行の株式申込証九、五〇〇株(名義人は、小野正司他一五名)を、同月一七日被告会社の発行した小川成人他一一名名義の増資新株引受に関する株式申込証(原告小野源次主張の五、五〇〇株についての株式申込証を含む)を前記被害弁償完了までの担保として提供し、後日協議のうえ右新旧株式を売却処分しその売得金を被害弁償に充当する旨約諾し、右各新株式の申込及び払込みを了した。よつて、被告会社はその新株(別紙第一目録記載の株式を含む)を発行して右約旨に従い担保としてこれを保管していたところ、更に、小野正司は同年九月一九日自己の横領金額が三、二一六、一〇八円であることを承認したうえ、被告会社に対し右金額以外の横領事実が判明したときは直ちに同社保管の前記株券及び自己の預金類等を任意処分されその売得金を適宜被害弁償に充当されても異議ない旨誓約した。

そこでなお引続き被告会社において被害調査を続行しているが、その結果金四一七、〇三一円及び金一、三〇〇、〇〇〇円余の横領金額が遂次追加判明した。よつて、被告会社は右担保権の実行として前記篠崎春彦名義の株式五〇〇株を売却処分して売得金を右損害賠償債権に充当し、更に昭和三八年七月一一日その余の株券全部についてその評価額を右債務に充当してその所有権を取得した。

従つて、被告会社の篠崎春彦名義の株式五〇〇株についての処分行為及び別紙第一目録記載の株式五、〇〇〇株の占有はいずれも正権限に基く適法なものである。

(3) 仮に、原告小野源次がその主張の旧株式五、五〇〇株を所有し、割当てられた新株の払込をしたとしても、同原告は実子である小野正司に対し右(2)掲記の担保提供等一切の処分行為につき代理権限を授与していたものである。

(4) また仮に、小野正司に右のような代理権限がなかつたとしても、右株式はいずれも架空人名義のもので、小野正司において、被告会社より右増資新株引受に関する株式申込書を直接受取り、同証及びこれに使用する印章を所持し、当該株式申込に関し、払込及び被告会社発行の新株券の受領等一切の権限を有していたものであり、その旧株式についても配当金を受領する等株主権行使に必要な印章を所持して自由に使用していたこと等の事実に徴し、被告会社には、小野正司が原告小野源次の代理人として右(3)掲記のような処分権限を有していたものと信ずべき正当の理由があるから、表見代理の法理により右小野正司のした前記処分行為の法律効果は当然右原告に帰属する。

(5) なお、原告小野源次の代償請求は時機に遅れた訴の変更であるから、不適法である。

(三) (原告田代床三、同田代房子、同石川真喜子の請求について)

(1) 別紙第二目録記載の株式はいずれも前記小野正司の所有である。

(2) 同人は被告会社に対し前記横領の被害弁償のため右株式を(二)の(2)の掲げたような担保として提供し、その任意処分を被告会社に一任した。

(3) 仮に、右の株式が右原告等の各所有であるとしても、同人等は小野正司に対し右(2)掲記の担保提供等一切の処分行為についての代理権限を授与していたものである。

(4) また仮に、小野正司に右のような処分権限がなかつたとしても、原告田代床三は、その長女であり、小野正司の妻である訴外小野智子に対し右株券の売却処分を委任し、同訴外人は、小野正司に右売却に必要な印章を準備させ、同人において右株券と印章を平素より所持していたものであるから、被告会社には、小野正司が右原告等の代理人として右(3)掲記のような処分行為につき代理権限を有していたものと信ずべき正当の理由があるから表見代理の法理により右小野正司のした処分行為の法律効果は当然右原告等に帰属する。

(5) 以上の抗弁が理由がないとしても、原告田代床三は前記小野智子に本件株式の売却処分を委任してこれを交付し右処分に必要な印章の使用を許諾していたから、本件のように小野正司を経て同株券が処分されたような場合、証券取引の実状に照し、同原告は最早何人に対しても特定物の引渡を求め得ないものと解すべきである。

(6) なお、本訴において、原告等は当初、特定物として新株式合計一、五〇〇株の引渡を求め、のちにその請求を徹回し、新たに特定物として旧株式合計一、五〇〇株の引渡を求める旨改めたが、このような訴の変更は、請求原因の根本的変更であるから不適法である。」

と述べた。

立証(省略)

理由

(一)  先ず、原告等の訴変更の適否について判断する。

原告小野源次は、本訴において特定物として被告会社株式五〇〇株(篠崎春彦名義のもの)の引渡を求めていたが、被告側より右株券は既に処分した旨の答弁があつたので、本件最終回(第一三回)の口頭弁論期日において右請求を代償請求に改める旨陳述しその訴を交換的に変更したことは本件記録上明白であるが、右新訴と旧訴は、いずれもその請求の基礎が同一で、その主要なる争点である前記株券引渡請求権の存否の証拠資料は共通のもので、被告をして新たな防禦方法を講ずることを余儀なくさせるものではないから、これをもつて時機に遅れ、訴訟手続を著しく遅滞させるものと認めることはできない。よつて、右訴の変更は適法なものといわねばならない。

次に、原告田代床三、同田代房子、同石川真喜子は、本訴において、別紙第二目録記載の被告会社株式各五〇〇株(旧株)に対する権利に基き同人等に割当てられた新株式各五〇〇株(特定物)の引渡を求めていたが、本件第四回口頭弁論期日において右旧株(特定物)の引渡をも追加請求する旨陳述し、その訴を追加的に変更し第一一回口頭弁論期日において右前者の訴を取下げたことは本件記録上明らかであるが、右旧株と新株はいわゆる親株と子株の関係にあり、当該新株引受権の発生原因として右旧株についての権利の帰属が終始共通した紛争の対象となつていたものであるから、右両訴はその請求の基礎に変更がないものと解するのが相当であり、右訴の変更もまた適法といわねばならない。

(二)  そこで、本案につき判断する。

(1)  (原告小野源次の請求の当否について。)

被告会社が昭和三七年九月一日新株(発行価額五〇円)を発行し、その新株引受権は、同年六月三〇日の株主名簿に記載のある株主に株式数に応じ同数の割合で割当られ、同新株の申込期間が同年八月一〇日より同月二〇日までと定められたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第六号証の一乃至一一及び証人小野正司、原告本人小野源次の各供述を総合すると、原告小野源次は前掲割当期日前に、被告会社株式五、五〇〇株を自己の計算において他から順次購入し、その権利を取得して当該株券を占有し、篠崎春彦又は別紙第一目録「名義人氏名」欄掲記氏名のような架空人名義にその書換手続を経由し、その旨被告会社備付の株主名簿に登載されていた結果、右旧株に対して新株引受権が割当られ、被告会社より訴外小野正司を通じてその株式申込証五、五〇〇株分の交付をうけ昭和三七年八月二〇日、右訴外人を介して同新株の申込手続をして同申込証拠金二七五、〇〇〇円の払込を了し、これに基き被告会社は新株式を発行したが、後掲事情のため、原告小野源次に対しその株金払込領収証も新株券も交付していないことが認められ、同認定に反する証拠はなく、同原告は右新株式について株主権を取得したものといわねばならない。

しかして、被告会社が新株である別紙第一目録記載の株式五、〇〇〇株を現に占有し、篠崎春彦名義の株式五〇〇株を原告主張の日他に売却処分したことは当事者間に争いがない。

被告は、右株式五、五〇〇株は原告小野源次の代理人である前記小野正司が横領に基く損害賠償債務の担保に提供した旨主張するので考えるに、成立に争いのない乙第一号乃至第四号証及び証人山下真澄(一部)、同小野正司、同小野智子の各証言並びに被告会社代表者本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、前記小野正司は同原告主張の期間中、被告会社に雇われ経理事務を担当中同社所有の現金小切手等を横領し、同事実(横領金額三、二〇〇、〇〇〇円)が昭和三七年八月一二日発覚して解雇され、被告会社よりその被害弁償として手持株券を全部担保に提供するよう要請された結果、同月一四日、自己所有の被告会社株式一一、七〇〇株、原告田代床三他二名所有の同社株式一、五〇〇株、合計一三、二〇〇株及び同社発行の株式申込証九、五〇〇株分を同月一七日、原告小野源次主張の株式申込証五、五〇〇株分を含む同証六、〇〇〇株分を前記損害賠償債務を弁済するまで担保として提供し後日協議のうえ、右株式等を売却処分して当該売得金を右債務に充当することを受諾し、更に右新株発行後である同年九月一九日に自己の横領金額が金三、二一六、一〇八円であることを認めて被告会社に対しそれ以外に横領の事実が判明したときは、同社が担保として保管中の前掲各株券(新株を含む)及び自己の預金額等を任意に処分され、その売得金又は評価額を適宜被害弁償に充当されても異議ない旨約諾したことが認められるけれども、同担保権の設定について小野正司に被告主張のような代理権があつたとの点についてはこれを認めるに足る的確な証拠はなく、かえつて、証人小野正司、原告本人小野源次の各供述によれば、原告小野源次は、右担保権設定につきその事前又は事後においてこれに承諾を与えたこともなく、その代理権限を小野正司に付与した事跡もないことが認められるから、右被告の抗弁は理由がない。

そこで、進んで、小野正司の前掲所為が表見代理に該当するかどうかにつき考えるに、証人山下真澄、同岡内光雄、同小野正司(一部)の各証言及び被告会社代表者本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、原告小野源次主張の旧株式五、五〇〇株及びその新株式申込証(五、五〇〇株)はいずれも一一名の架空人名義のもので届出住所に利益配当金、新株引受等の関係書類の送達ができないため、同書類はすべてその長男である小野正司が被告会社より直接交付をうけ、右株主権行使に必要な印章はいつでも同人がこれを所持し、右原告と被告会社間には同株主権行使についての直接交渉はなかつたところ、原告小野源次は、右小野正司が不行跡(横領)により解雇されたことを知り、その後始末や生活費等に出資が嵩むことを配慮し右新株の引受を辞退しようと考え、小野正司に同新株引受権を他に譲渡するため被告会社に右株式申込証を持参するよう依頼してその処分を一任し同証を交付したが、被告会社側より小野正司に対し右株式申込証拠金を払込んで貰いたい旨の要請があつて、やむなく他から金員を調達して小野正司をして右申込手続(証拠金の払込)を経由させ、更に同人に対し右払込領収証、新株券の請求受領の代理権限を付与したところ、同人は被告会社との間に同社発行の本件新株式五、五〇〇株について同株券所有者である原告小野源次に代つて前示(二)の(1)で認定したような担保権設定契約を締結するに至つたこと。同交渉の任にあたつた被告会社代表取締役松田正二、専務取締役山下真澄等は、小野正司が前記新株式申込証及び印章を所持し自ら当該申込手続を経由し、一切の処分権限があるように振舞い、原告小野源次より証拠金払込領収証、新株券の直接請求が全くなかつたところより、右小野正司に右担保権設定についての処分権限があるものと信じて同契約を締結したものであることが認められ、右認定に反する証人小野正司、原告小野源次の各供述部分は前掲各証拠と対比してにわかに信用できないところであり他に同認定を覆すに足る証拠はない。

従つて、原告小野源次は小野正司に対し本件新株引受権の行使及びこれに伴う同新株申込証拠金領収証、新株券の請求受領に関する一切の代理権限を与えていたものと解され前掲担保権の設定が右基本的代理権の範囲外の行為であるとはいえ、前段認定のような諸事情下において、被告会社が小野正司に右のような担保権を設定する権限があるものと信じたことについて正当の理由が存するものと解され且つそのように信じたことにつき何等の過失も認められないから、右は民法第一一〇条の表見代理に該当し、小野正司のした前掲担保権設定行為による法律効果は原告小野源次に帰属するものといわねばならない。

そして、右の担保権はその契約内容に照し譲渡担保的な効力を有するものと解され、被告会社が右担保権の実行として篠崎名義の新株式五〇〇株を売却処分しその売得金を前記損害賠償債権に充当したことは適法なものであり、その余の新株式五、〇〇〇株(別紙第一目録記載のもの)の引渡請求についても右担保権に基きこれを拒むことができるものというべきである。

よつて、同原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

(2)  (原告田代床三、同田代房子、同石川真喜子の請求の当否について。)

成立に争いのない甲第一号乃至第三号証及び証人小野正司、同小野智子の証言並びに原告本人田代床三尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、別紙第二目録記載番号(1)の株券は原告田代床三の、同番号(2)の株券は原告田代房子の、同番号(3)の株券は原告石川真喜子の各所有で、同原告等は右株券に表彰されているとおりの株主権を有していることが認められ、同認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、被告会社が現に右各株券を占有していることは当事者間に争いがない。

被告は、前記小野正司が原告等の代理人として右各株券につきその主張のような担当権を設定した旨主張し、小野正司が被告会社に対し前示認定のような経緯で同株券を自己の損害賠償債務(横領)の担保に提供したことは(二)の(1)において認定したとおりであるが、右小野正司が原告等より右株券の処分を一任され、当該担保権設定について代理権を授与されていたとの点についてこれに一部符合する証人岡内光雄の供述部分は後掲各証拠と対比してたやすく信用できないところであり他に右の事実を認めるに足る的確な証拠はなく、かえつて、証人小野正司、同小野房子及び原告本人田代床三の各供述によると、原告田代床三は、訴外小野房子(床三の長女で小野正司の妻)に対し本件株式一、五〇〇株の売却を依頼し、同訴外人に同株券を寄託するとともに右裏書、譲渡証書作成に必要な印判は適当に購入使用するよう指示し、同訴外人においてこれを自宅(小野正司方)に持ち帰り保管していたが、その不在中である昭和三七年八月一四日、小野正司は被告会社専務取締役山下真澄の要請で、前示認定のように自己所有株式一一、七〇〇株及び同社発行の株式申込証(九、五〇〇株分)を前記損害賠償債務の担保に供した際、更に、同人より親戚名義の株券も担保に差入れるよう要求された結果やむなく、右原告等三名及び小野智子の不知の間にその承諾を得ないで(事後承認を得た事跡もない。)自宅に赴いた山下真澄に前記株式一、五〇〇株を田代と刻した印章とともに担保として交付したこと。右交付に際して、同人に対し小野正司において同株券は妻が実家より預つているもので、右担保提供の了解は得ていない旨念達したことが認められ、叙上の事実に徴すれば、小野正司のした本件株式一、五〇〇株についての担保の提供は無権代理行為によるものと認めるのが相当である。

次に、被告は、小野正司の右所為は表見代理に該当する旨主張するので考えるに、民法第一一〇条所定の表見代理は、ある基本的代理権を有する者がその代理権限を踰越した場合に適用さるべき規定であつて、全く代理権のないもののした行為についてはその適用のないものと解すべきところ、本件にあつて小野正司が原告の田代床三等より何等かの代理権を授与されていた点についてはこれを認めるに足る証拠はないばかりでなく、(なお、原告等が小野正司に代理権を付与したことを第三者である被告会社に表示したとの点については、被告の主張立証しないところである。)前段認定のとおり、被告会社専務取締役山下真澄は前記一、五〇〇株が原告等の所有であり且つ同株券は原告等の依頼により前記小野智子が保管中のもので、本件担保提供につき同人等の了解を得ていない事情を知り且つ当然知ることができる状況にあつたものと推断できるから、被告会社には小野正司にその主張のような代理権限ありと信ずべき正当の理由が存しないものといわねばならないから、本件につき表見代理を適用する余地は存しないものと解すべきである。とすると、被告はその占有する前記株式一、五〇〇株を、同株券所有者でこれに表彰された株主権を有する原告等に対し、主文第一項掲記のように引渡すべき義務があるものといわねばならない。この点につき、被告は、原告田代床三が小野房子に対し前示のように本件株券及びこれに使用する印判を預けた結果小野正司を通じて処分(担保権設定)されたのであるから証券取引の実状に照し同原告等は特定物として右株券の引渡を求めえない旨主張するけれども、右のような事実関係のもとにおいても、本件のように、第三者である被告会社が正権限なく当該株券を占有しているような場合特段の事情のない限り、同株券を所有しこれに表彰された株主である原告等において、特定物として右株券の引渡を求めうるものと解するのが相当であるから、被告の右見解は採用の限りでない。

(三)  以上の次第であるから、原告田代床三、同田代房子、同石川真喜子の請求はすべて正当としてこれを認容するが、原告小野源次の請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

別紙 第一目録(被告大倉工業株式会社株券明細)

<省略>

第二目録(被告大倉工業株式会社株券明細)

<省略>

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